EZ-Japan BLOG since 2017 真・MFC千夜一夜物語

EZ-Japanブログは、真・MFC千夜一夜物語という流体制御機器=マスフローコントローラ(MFC)の解説記事をメインに、闘病復帰体験、猫達との生活が主なコンテンツです

闘病リハビリ日記

病状報告2

2月になりましたね!

相変わらずDecoは入院しております。
心不全って大変な病気なんだと、しみじみ・・・
心臓の肥大化で腎臓と肝臓にダメージが及び、特に腎機能の問題で体が浮腫みまくって、
一時は100kgを超える体重に!(入院前、年末年始も肝臓への影響で気持ちがわるく、おかゆしか食べていなかったにも関わらず!)

幸い利尿剤を点滴してもらって、水分を排出したので、体重は70kg台へ急下降、浮腫んでいた足首、膝関節等の下半身も嘘のように細くなりました。
先週、心臓カテーテル検査も、血管は無事きれいな状態である事が確認されましたので、今週末までには退院かなぁという状況です。

ただ、この病気は予後が大変で、今までの食生活とはおさらばになりそうです。
そもそもそんなに暴飲暴食な生活ではなかったはずなのですが、血圧を下げ腎臓を守るため、塩分を控えるという大目的が追加されます。
いわゆる減塩食生活ですね。
これって調べていくと、例えばお寿司は酢飯やネタ、そして醤油で塩分が多かったり、大好きな豚汁やみそ汁もそのままでは塩分多すぎ・・・
なにせWHOでは1日の塩分摂取量を5g以下に抑えないといけないのですから・・・
それにお酒はダメ・・・
これには家族、特に嫁さんの協力も大になるので、退院日に栄養士さんに色々と二人でレクチャーを受ける予定です。

そんなこんなで、帰宅して、生活を整え、本ブログの更新を再開するのにはもう少しお時間を頂くと思います。
宜しくお願い申し上げます。

EZ-Japan Decoこと黒田 誠

新年御挨拶と病状報告 Ver1.1

2021年あけましておめでとうございます。

 

さて、「今年もいろいろな場所でマスフローコントローラー(MFC)のお話をさせて頂きますよ!」の、はずが、あれ?あれ?なぜかDecoは さいたま市 の病院の一室に入院してしまったようです。

新型コロナ感染症ではありませんが、数日で退院できるような軽い症状ではありません。

 

10月あたりから、胸が気分悪く眠れない症状に悩まされていたのですが、意を決して(遅すぎ!)正月休み明けの1週間でなんとかしようと、他の医療機関がお休みの中、駆け込んだのでした。

 

結果としましては、手遅れ、最悪にはなりませんでしたが、一歩手前でした。
心不全で心臓下部の肥大化による問題、腎臓の不調による浮腫で体内水分の急激大幅な下半身を中心とした増量による歩行困難など「今まで何をしてたんですか?」という状態で即入院しかないでしょうコースとなってしまいました。

 

一過性脳虚血の際も誓ったはずなのに、つい仕事が増えてくると嬉しくなって、気が回ってなかったのでしょうね。

ということで悪いところを1つずつ抑えて治していくべく、治療をお願いしています。
復帰は早くとも一月末(2月中頃?)あたりかと。

詳細が分かりましたら、こちらでまた御報告いたします。

 

既に顧客様へは予定延期、中止のお願いをさせていただいておりますが、「うちとの約束を忘れてるよ!」というお客様がおいででしたら、メールにてご連絡いただけますでしょうか?

 

よろしくお願い申し上げます。

 

なお、コロナ渦の現状を鑑み、お見舞い訪問等は伏してお断りを申し上げます。ご理解くださいませ。


2021年1月31日追記
現在も入院は続いております。
幸いにも無事、利尿剤治療で体内の無駄な水分を25kg程絞りまして、入院時よりかなり小さなDecoになっておりますので、健康面の危機は脱したとご安心ください。
この病気は退院したとしても、その先、食事制限など長い付き合いになりそうです。
長いブログの再開は、今しばらくお待ちいただければと思います。


 

EZ-Japan 黒田 誠 (Deco)

闘病リハビリ日記~病は気だけじゃ治らない~ その15

闘病リハビリ日記は、その14で一区切りを迎えたのですが、昨年末に進捗があったので報告です。

麻痺した左手足の後遺症か?動きが鈍かったり、物を落としたりと、寒くなった12月は不調気味でした。
酷い時は、寝ているときに左手が冷えて、自分の腕ではないような感覚だった事もあります。
痩せたこともあり、とても寒がりになってしまった事もあって、生まれて初めて上下ヒートテック、更に就寝時には左手足にウォーマーを巻いて寝たりしていました。

「動くようにはなったけど、もう元には戻らないんだ・・・
と、半ば自分の腕でなくなったような左手足を呪わしく思った夜もありました。

年末となった12/30、昼間の内に外掃除をして、正月の飾り付けの下準備をして、早めに就寝したのですが、
寝付く段階で急に手足に痛みが走りました。
今まで感じたことがない手足の外側、小指から肘、膝にかけての痛みでした。
どうしたんだろう?また悪くなるのかな・・・と不安を覚えましたが、よく考えてみたら今までこの部分は感覚が無くなっていたはずの箇所で痛みを覚えると言うことは感覚が戻ってきたということ?と思いながら朝を迎えました。

明けた大晦日の朝、痛みはほぼ消えていました。
そして・・・
手足の感覚は・・・そう、倒れる前のレベルにほぼ戻っていたのです。
ずっと感じていた違和感もかなり小さくなっています。


車の運転でも左手足を積極的に使うこともできますし、キーボードのタイプも左手のミスタイプがかなり減りました、今のところは物を落とすこともありません。

これは・・・1年3ヶ月かかって、ついに壊れていた脳からのラインの修復ができたということなのでしょうか?
痛みは開通した証?
医学的なところはわかりませんが、元に戻ったのは事実なのです。

そんな形で2014年を迎えることができました。

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この闘病日記の最後に、このような報告ができたことをうれしく思うと共に、応援して頂いた皆様に御礼申し上げます。今年は完全復活に向けて、なお一層、身体と家族を大事にしながら進んでいきます!

闘病リハビリ日記~病は気だけじゃ治らない~ その14

一過性脳虚血症(TIA)

”TIA発症後90日以内の脳梗塞発症例のうち約半数は、TIA発症後48時間以内に発症した。
メタアナリシスによると、TIA発症後90日以内に脳卒中を発症する危険度は15~20%であった。
TIA発症平均 1 日後に治療を受けた場合、90日以内の大きな脳卒中発症率が2.1%となり、平均20日後に治療を受けた場合に比べて90日以内の大きな脳卒中発症率が80%軽減され、入院期間の短縮や入院経費、さらに 6 か月後の後遺症が軽減した(The Early use of eXisting PREventive Strategies for Stroke study:EXPRESS)”

脳卒中治療ガイドライン2009より引用

このブログでも触れましたが、改めて現在医学の見解を読んで頂くと、一過性脳虚血症(TIA)は、脳梗塞へかなり高い確率で発展する病気で大変危険だということ、早期の発見と治療でその後の脳卒中発生確率が大きく変わってくるということがわかります。

・激しい目眩
・激しい頭痛
・ろれつが回らない
・言語の喪失
・物が二重に見える
・片方の手足のマヒ


これら症状があったら注意が必要です。
一過性の名前の通り1時間以内に症状が軽減されてしまうのですが、それは脳梗塞に発展する前にラッキーなことに血栓が流れ去り、脳細胞への血液供給が再開されたからです。ここが運命の分かれ道なのですね。

Decoはまさしくそれで命を拾いました。
それでも、その後の手足のマヒという後遺症には苦しめらましたし、リハビリで日常生活は送れるようになりましたが、握力は完全には戻らず、重量物を運ぶような作業は一生できないと思われます。
これが右手足なら自動車の運転もできなくなったかもしれません。
また、梅雨時の気圧が不安定な気候だと、メニエール病との相克か?リハビリで動くようになった手足も調子が悪く、痛みやしびれで動かしづらくなってしまうなどの不自由に見舞われます。

「なんか調子悪いけど、少し寝てればいいか?」
と、Decoも思っていた時期がありました。
でも、それは恐ろしい病気の前兆で、身体が発したSOSだったのかもしれません。

自分を守れるのは自分だけです!
些細な変調も見逃さないようにしましょう。
そして、積極的に医学の知見に触れましょう。


そして、いざ発病したら貴方の味方は自分自身と家族しかいません。
「病気になったのは貴方の自己管理の問題だ!」
「できる人なのに惜しいねぇ」

そう言って会社や、利害関係だけで繋がっていた人間は踵を返して去っていきます。
長年友人と思っていた人の本性を見ることになるかもしれません。

でも、諦めてはいけません。
貴方と貴方を支えてくれる家族のために、どんなに苦しくても、どんなに惨めでも、前を向いて病を癒すことに努力してください。
病魔を招いたのが自分なのかもしれません、でも奇跡を起こすのも自分なのです!


この記事で「一過性脳虚血症との闘病日記」の一区切りとさせて頂きます。
Decoにはまだメニエール病という厄介な病気もありまして、そのことに関しては別の記事でお話しさせて頂くつもりです。

闘病リハビリ日記~病は気だけじゃ治らない~ その13

おかげさまで傷病手当金を継続給付頂けることになり、色んな手続きも無事期限までに完了しました。
これでまた前向きにリハビリに取り組むことができるようになりました。

・・・と格好いいことを書いてますが、やはり「一生足は治らないのではないか?」「娘の学費はどうしよう?」「また働けるようになるんだろうか?」と不安な気持ちは強く、夜は眠れないことが多かったのがこの時期です。

「杖を買おうかな・・・」

そう思ったのもやはり弱気になってきていたのでしょうね。
この時期、義母さんのガンが見つかり通院・入院が必要になったこともあり、少しでも家内の負担を減らすためには単独で外出できるようにならないといけませんでしたし・・・

そんな思いでいた1月第3週、自身の変調に気がついたのです。
急に食欲が沸いてきました。
特に肉が食べたくて食べたくてしょうがありません。

体型的にデブなDecoなのですが、実は元々食はそんなに太くなく、更に倒れた後は細くなっていました。
あっさりとしたもので充分で、肉類は気分が悪くなることもあったくらいです。
それが、急に猛烈に肉が食べたくなってきたのです。家内に頼んで肉を多めに買ってきてもらいました。

そして1/21の朝・・・
いつものようにベットから降りようとしたら、左足が以前のようにちゃんと床に下ろせて、そのまま立ち上がることができたのです!そして、左足を踏み出すと・・・ちゃんと前に出るようになってました!

「ウソだろう?夢かな?」

と、思って廊下を歩いても普通に足が出ます。
今まで手すりにつかまって右足だけを前に出して一段づつ降りていた階段も、少々危なっかしいですが両足を使って降りられました!

リビングにいた家内に「歩けたよ!歩けるようになった!」と声をかけました。

家内も言葉には出していなかったが「この人はもう一生歩けないのかも・・・」と思っていたらしく、あまりのことに目を見はっていました。

歩けるようになった理由は、正直よくわかりませんが、「損傷した部分(脳や神経)のバイパスを体内で作る復旧作業を身体が進めていて、それがある日突然繋がるという事があり得る」と医師にも言われました。

肉を食べたくなったのも、工事の仕上げにエネルギーを補給しろという影響だったのでしょうか?
「日々リハビリを諦めずに続けていなければ、身体も治す必要性を感じなかったかもしれない。諦めなかったお陰ですよ!」

そう医師に言われて、諦めなくて良かったと本当に思いました。

2012年末にどん底の状態で誓った言葉

「家族のためにも、もう一度歩けるようにならなくてはいけない!
必ず歩けるようになると信じて、最後まであきらめず不可能を可能にするぞ!」


この言葉が実現しました。あまり好きな言葉ではないのですが、奇跡だったのかもしれません。


奇跡は諦めない奴の頭上にしか降りて来ない!!!!!
”奇跡”ナメんじゃないよォ!!!!!

エンポリオ・イワンコフ 『ONE PIECE』より


世代的にあまり読まない漫画なのですが、ONE PIECEに、こんないい言葉があるそうです。

大切なのは最後まで諦めない事。どんなに辛い状況でも未来を信じる心の強さが不可能を可能にする。信じる力が勇気になるんだ。
って、ウルトラマンも言ってたなぁ~

倒れてから4ヶ月、やっとまた足を踏み出す事ができた喜びは、今まで生きてきた中でも最上のものでした。
EZ-Japan(イージージャパン)Deco こと 黒田です。 2014年6月開業です。流体制御機器マスフローコントローラーを中心に”流体制御関連の万(よろず)屋”として情報発信しています。 日本工業出版「計測技術」誌で”マスフロー千夜一夜物語”の連載中です。
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